研究内容

  • HIVはどのようにヒトへの慢性感染を成立させるのでしょうか?
  • ヒトの免疫系は、なぜそれを防げないのでしょうか?

HIVに感染したときの初期症状は、発熱などを伴うなど、インフルエンザなどいわゆる風邪の場合と似通っていることが知られています。しかし、HIVはその後、慢性的にずっと感染者体内にとどまる。ヒトにもともと備わっている免疫系(自然免疫や獲得免疫など)から、さまざまな方法を駆使して逃避することが、一つの要因と考えられています。

HIV-1などのレンチウイルス属には、他のレトロウイルスにはない特徴的な遺伝子群を持っています。これらは、アクセサリー遺伝子と呼ばれており、HIV-1では、vif, vpr, vpu, nefの4つが知られています。アクセサリー遺伝子の構成は、近縁のHIV-2とも異なっており、HIV-1に特徴的な性質、病原性に深く関連すると考えられています。

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 たとえば、Nef蛋白質は、HIV-1の感染性や複製能を高めるだけでなく、T細胞の抗原認識に関わるHLAクラスI分子の発現低下による免疫逃避を担っています。また、ごく最近、NefによるCD4レセプターの発現低下が、中和抗体からの逃避に関わることが報告されました。Vpuはテザリン(ヒト細胞が持つウイルストラップ機構)の機能を阻害することで感染性ウイルス粒子の放出を促すことが報告されましたが、その他にも、NK細胞レセプターの発現を低下させることでNK細胞からの逃避に関わることも知られて来ました。

私たちの研究室では、HIV-1アクセサリー蛋白質によるヒト免疫逃避の役割と機序の詳細な解析を進めています。最近のいくつかの研究を紹介します。

1. HIV-1エリートコントローラーの解析

ほぼすべての人はHIV-1に感染すると免疫系はHIV-1を制御できずに病態が進行してやがて免疫不全症を発症します(もちろん抗HIV薬による治療を行わない場合です)。その一方、ごくわずかな感染者では(0.5%程度と言われています)、自身の免疫系でHIV-1を制御し、長期に渡って病態が進行しないことが分かって来ました。こうした感染者は、エリートコントローラーと呼ばれており、ヒト免疫系によるHIV-1制御の研究がさかんに行われています。我々はアメリカ、カナダの研究グループとの共同研究を行い、45名のエリートコントローラーの検体を用いて、Nefの遺伝子および蛋白質機能について解析しました。その結果、コントローラーに特徴的に見られるアミノ酸変異を同定するとともに、その変異を多く持つほど、多数のNef機能が減弱化していることを見いだしました。エリートコントローラーでは、Nefの機能に依存してHIV-1が弱毒化されていることを示した初めての研究です。

さらに感染直後から経時的にフォローアップできた感染者で、後にコントローラーとなる検体を集めて詳細な解析を進めています。こうしたアプローチで、コントローラーとなる感染者では、何が異なっているかを明らかにできたらと期待しています。

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2. HIV-1 NefによるHLAクラスI分子の発現抑制

HLAクラスIは、ヒトゲノムで最も多型性に富む遺伝子座にコードされていて、CD8陽性T細胞への抗原提示は、HLA-A、HLA-B, HLA-Cの3つが担っています。HLA-A2, HLA-A24、HLA-B7, HLA-B35など多くの対立遺伝子があり、各対立遺伝子では、抗原ペプチドと結合する領域に非常に多くの多型が集積しています。対立遺伝子間での多型はペプチド結合領域のみにとどまらず、多型性の規模は小さいですが、HLAクラスI分子の細胞質ドメインにも多型が知られています。我々は、この細胞質ドメインの多型性が、HIV-1 Nef蛋白質との相互作用に影響し、HLAクラスI分子の発現低下活性を通じて、HIV-1に対するヒト免疫応答の形成に関わっているのではないかという仮説を立て、研究を鋭意進めています。

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3. HIV-1 Vpuに対する免疫応答

Vpuは、HIV-1蛋白質の中で最も変異性が著しい蛋白質ですが、ORFとしては安定的に維持されていることから(途中にストップコドンや大きな欠失が入ることは極めて稀)、その機能が生体内でのウイルス複製や感染維持に重要と考えられています。変異性が著しいというから、宿主の免疫系などからの攻撃にさらされていると示唆されますが、詳しいことは分かっていません。我々はHLAクラスI拘束性T細胞が、その要因の一つではないかと考えて、感染者のHLAクラスIアリルと相関するVpu変異の解析を行いました。一部の変異がHLAクラスIアリルと相関していましたが、全体の変異性を説明できるほど多くの多型を見いだすことはできませんでした。Vpu変異と機能の関係についてさまざまな解析を行っています。

4. HIV特異的ヒト免疫応答の解析(以前の研究)

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